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【書評】『才能の正体』感想|もう才能がないとは言わせない!!

才能ってなんだと思いますか?

 

才能の’芽’は必ずあなたの中にある!

帯にでかでかと書かれた本、『才能の正体』を手に取らずにはいられませんでした。

 

この『才能の正体』はビリギャルを書いた坪田信貴さんの本です。

ビリギャルは学年最下位のギャルが慶応義塾大学に合格するという話で映画化もされました。

『ビリギャル』がベストセラーになると多くの人から

「彼女には才能があったんでしょ」と言われるようになったそうです。

 

わたし個人の感想を言えば

慶応義塾大学(私立文系)合格ごときで才能とは大げさな(笑)と思いました。

ですが実際Amazonのレビューを見るとそういった類の批判がめちゃくちゃある。

期待して購入したのですが、たいした目新しい内容じゃないです。
本人の地頭の良さ、根性があっただけです。Amazonレビューより

この本はそういった「才能があっただけでしょ。地頭がよかっただけでしょ」という批判に対してのアンサー本です。

 

才能というものがなんなのか、しっかり書かれており納得感のある内容でした。

『才能の正体』の感想を正直に書いていきます。

才能の正体は結果

本書は「才能の正体は何なのか」という問いに実に端的に答えています。

答えは結果です

僕は確信しました。それは、才能というのは、結果でしかないということです。(中略)きっちりと結果を出して、その時初めて「才能がある」という状態になる。正確に言えば、「才能がある」と言われるようになる。

P28

なるほどなぁと感心しました。”「才能がある」と言われるようになる”というのはわかりやすい表現ですね。

大学に落ちれば「もともと才能がない」。
受かれば「地頭がよかった」。

才能という言葉がいかに都合よく使われているかがよくわかります。

結果を出している人に対して「あの人は才能があったから成功した」というのは、”才能という言葉”を言い訳に使っているにすぎません。

多くの人は自分と結果を出している人の差を”才能の差”だと…埋めようのないどうしようもないことだと思いたいようです。

第1章は才能の正体について事細かに書いてありました。「そんなことはない。誰しも才能がある」と前向きな気持ちになれますよ。

才能の差がないのなら差はどこで生まれている?

「才能そのものが正しい努力によって生まれる」ということに、多くの人は気づいていない。ー堀江貴文(起業家)

帯より

才能論は結果論であるというのは理解できますが、なら人の差はどこから生まれるのでしょうか。

才能が誰にでもあるのであれば、成功と失敗を分けるものは?

結果を出している人は

  • その人に会った動機付けがある
  • 正しいやり方を学ぶ
  • コツコツと努力を積み重ねる

この3点をしっかり行えているとのこと。

この3点の差が結果の差だということです。

 

そして本書には才能のある人になるため(結果をだす)のメソッドがいくつか書かれています。

「一流を完コピせよ」とか「壁にぶつかったら基礎の基礎まで戻る」など取り入れられるものがいくつもありました。

 

わたしたちがビリギャルの成功から学ぶべきこと

これを読めば『ビリギャル』の奇跡は、誰にでも起こせる!ー西野亮廣(芸人)

帯より

なぜ学年最下位のギャルが1年で慶応義塾大学に合格できたのか?

(有名進学校で)学年ビリの(元から英語はかなりできる)ギャルが1年で(壊滅的だった国語の校内)偏差値を40上げて(英語と小論文だけが試験科目の)慶應大学(のSFC、要は本キャンとは違う学部)に現役合格した話

Amazonレビューより

ビリギャルの批判レビューは

  • ギャルとされる人物が進学校出身で合ったこと
  • 合格したのは慶応義塾大学総合政策学部であり受験科目は英語と小論文であったこと

この2点に集約されます。

ですがこの批判はかなりズレています。

むしろそこにこそ成功のエッセンスが詰まっているからです。

この本がでるまで慶応義塾大学の受験科目が異常に少ないことを知っていた人は少ないと思います。

ビリギャルの成功のカギは受験戦略(正しいやり方)を知った人(坪田氏)と出会えたこと。そして整った環境があったこと。この2点に集約されます。

 

ビリギャルの成功から学ぶべきことはもちろん地アタマがよければ成功するということではありません。

正しいやり方×整った環境×確固たる動機があれば世間で言われている成功などたやすいということなのです。

 

才能というものが存在するのかなんてどうでもいい

 

才能は努力によって生まれるものとずっと書いてきましたが、正直なことを言うと、スポーツや音楽は、やはり生まれ持ったものに左右されることがあると思います。

実は筆者は最後に生まれ持ったものの差による有利不利を認めています。

スポーツや音楽などで明確なルールがあるものは、それに即していないと不利になります。

骨格などが不利に働くこともあるかもしれません。そもそも人間には性差があります。

しかし成功とはもっと自由なもののはずです。スポーツや音楽である必要がありません。無限の可能性が私たちの前に広がっているのです。

 

この本を読んで強く感じたことは

才能という言葉は言い訳に使われているということです。

 

才能というものが存在するのかどうかなんてどうでもいい

才能がないということはやらない理由にはならない

正しいやり方で努力を積み重ねれば今の自分より必ず成長する。

それこそが成功の秘訣だと気づけました。

 

あなたはまだ’才能’をやらない理由、負けてる理由にしますか?

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